工場の生産ラインにおいて、接着剤やオイル、樹脂といった液体材料を「正確に」「ムラなく」塗布する工程は、製品の品質を左右する極めて重要な役割を担っています。 この工程を自動化し、品質と生産性を飛躍的に向上させるのが「工業用ディスペンサー」です。

しかし、その導入は「どのメーカーの、どの機種でも同じ」というわけにはいきません。
塗布する液体材料の種類、求められる精度、生産スピード、設置環境など、考慮すべき点は多岐にわたります。これらの確認を怠り、「価格が安いから」「営業担当者の勧めだから」といった理由だけで安易に導入を進めると、以下のような深刻な問題を引き起こしかねません。

  • 不良品の多発によるコスト増大
  • 生産性の低下と納期遅延
  • 頻繁なメンテナンスによるライン停止
  • 想定外の追加投資

この記事では、このような失敗を未然に防ぎ、貴社の生産ラインに最適なディスペンサーを導入するための「5つのチェックリスト」を具体的に解説します。生産技術者や設備導入担当者の方は、ぜひ最後までご覧いただき、後悔のない設備投資を実現してください。

目次

そもそも工業用ディスペンサーとは?

工業用ディスペンサーは、工場などの生産現場で、接着剤、グリス、シール剤、オイルといった多種多様な液体材料を、あらかじめ設定された量(定量)で、狙った位置に精密に吐出・塗布するための装置です。

従来、これらの塗布作業は作業者の経験と勘に頼る手作業で行われることが多くありました。 しかし、手作業ではどうしても品質のばらつきや作業速度の個人差が生じてしまいます。ディスペンサーを導入することで、こうした属人化しがちな工程を自動化・標準化できるのです。

ディスペンサーの役割と導入のメリット

ディスペンサーの主な役割は、液体材料を正確かつ均一に供給することです。 これにより、以下のようなメリットがもたらされ、製造業における様々な課題解決に貢献します。

メリット具体的な効果
品質の安定化・向上塗布量のばらつきをなくし、接着不良や性能の不安定さを解消。製品全体の品質が向上します。
生産性の向上手作業に比べて圧倒的に速く、連続的な塗布が可能。タクトタイムを短縮し、生産量を増やせます。
コスト削減必要最小限の量を正確に塗布するため、高価な液体材料の無駄を削減できます。 また、不良品の削減もコストダウンに直結します。
作業環境の改善有機溶剤などを含む液体材料の飛散を防ぎ、作業者の安全を確保します。また、手作業による負担を軽減します。
製品の小型化・高機能化への対応スマートフォンや精密電子部品など、微細な箇所への精密塗布が可能になり、製品設計の自由度が高まります。

このように、ディスペンサーは単なる「液体を出す装置」ではなく、製造業の競争力を支える重要な基幹設備と言えるでしょう。

失敗しない!工業用ディスペンサー導入で確認すべき5つのチェックリスト

ここからは、本題であるディスペンサー導入で失敗しないための5つのチェックリストを、具体的な確認項目とともに詳しく解説します。この5つのポイントを事前に検討・評価することで、自社の課題解決に直結する最適な一台を選定できるはずです。

【チェックリスト1】塗布する「液体材料」の特性を正確に把握する

ディスペンサー選定の最初のステップであり、最も重要なのが「何を塗るか」の正確な把握です。使用する液体材料の特性に合わない機種を選んでしまうと、吐出不良や精度低下の直接的な原因となります。

粘度(粘り気の度合い)

液体材料の「粘り気」は、ディスペンサーの方式を選定する上で最も重要なパラメータです。

  • 低粘度(サラサラした液体): 水、アルコール、低粘度接着剤など。液ダレしやすいため、それを防止する機構(サックバック機能など)を持つ機種が適しています。
  • 中粘度: グリス、クリームはんだ、一般的な接着剤など。多くのディスペンサーが対応可能ですが、粘度変化に強い方式を選ぶことが安定性の鍵です。
  • 高粘度(ドロドロした液体): シリコーン樹脂、エポキシパテ、高粘度グリスなど。材料を押し出す力が強いスクリュー式やプランジャー式のディスペンサーが必要になります。(参考: 高粘度塗布ならプランジャポンプ式 P-FLOWシリーズ Hタイプ

液体の粘度は温度によって変化しやすい性質があります。 夏場と冬場で工場の室温が大きく変わる環境では、温度変化による粘度変化の影響を受けにくい「容積計量方式」のディスペンサーを選ぶか、液剤の温度を一定に保つ仕組みを検討する必要があります。

硬化条件と化学的特性

液体材料がどのように固まるか(硬化条件)も重要な要素です。

  • 1液性/2液性: 2種類の液体を混ぜて硬化させる「2液性材料」の場合、混合比を正確に制御できる2液混合ディスペンサーが必要です。
  • 硬化方法: 熱で固まる「熱硬化性」、紫外線で固まる「UV硬化性」、空気に触れると固まる「嫌気性」など、材料の特性によってディスペンサーの配管やノズルの材質、洗浄方法などを考慮する必要があります。
  • 化学的性質: 酸性やアルカリ性が強い液体、特定の溶剤などは、ディスペンサーの部品(接液部)を腐食させる可能性があります。 必ずメーカーに材料の成分を伝え、適合する材質の機種を選定しましょう。

フィラー(充填剤)の有無

液体材料の中に、研磨剤や金属粉などの硬い粒子(フィラー)が含まれている場合、注意が必要です。フィラーはディスペンサー内部のポンプやバルブを摩耗させ、寿命を縮める原因となります。耐摩耗性の高い部品を使用した機種や、フィラーを含む材料に対応した専用ディスペンサーの選定が不可欠です。

【チェックリスト2】「塗布精度」と「生産性」の要求レベルを明確にする

次に、「どのように塗りたいか」「どれくらいの速さで作りたいか」という要求レベルを具体的に数値化します。この要求が曖昧だと、オーバースペックで高価すぎる装置を導入してしまったり、逆に性能が足りずに品質目標を達成できなかったりする事態に陥ります。

塗布形状と塗布量

どのような形で、どれくらいの量を塗布したいのかを明確にします。

  • 点塗布(ドット): 微小な点での塗布。電子部品の固定などに使われます。
  • 線引き塗布(ライン): 一定の幅で線を引くように塗布。スマートフォンの筐体のシーリングなどに使われます。
  • 面塗り(コーティング): 基板の防湿コーティングなど、広い面積を塗りつぶします。
  • 充填(ポッティング): ケース内に樹脂を流し込み、電子回路を保護します。

塗布量も「0.01g」「1cc」など、具体的な数値と許容できる誤差(公差)を設定することが重要です。

精度(許容誤差)

「高精度に塗りたい」というだけでは不十分です。「塗布量±5%以内」「線幅±0.1mm以内」のように、具体的な数値目標を設定しましょう。この要求精度によって、選ぶべきディスペンサーの方式や価格帯が大きく変わってきます。一般的に、高い精度が求められるほど、後述する「容積計量方式」や、より高度な制御機能を備えた機種が必要になります。

生産性(タクトタイムと自動化)

製品1つあたりにかける時間(タクトタイム)も重要な指標です。

  • タクトタイム: 例えば「1個あたり5秒」といった目標を設定します。タクトタイムを短縮するには、高速な吐出が可能なジェットディスペンサーや、ロボットと連携した自動化が有効です。
  • 自動化の範囲: 手作業の補助として使うのか、既存の生産ラインに組み込む(インライン化)のか、多関節ロボットに搭載して複雑な動きをさせるのかによって、ディスペンサーに求められる外部インターフェース(通信機能など)やシステムの堅牢性が異なります。

【チェックリスト3】設置環境と運用方法を確認する

高性能なディスペンサーを選んでも、実際に工場に設置できなかったり、作業者が使いこなせなかったりしては意味がありません。導入後のスムーズな立ち上げと安定稼働のために、現場の環境と運用方法を必ず確認しましょう。

設置スペースとユーティリティ

  • 設置スペース: 装置本体だけでなく、材料タンクや制御盤、メンテナンス時の作業スペースも考慮して、十分な場所を確保できるか確認します。特に、既存ラインに後付けする場合は、周辺の装置との干渉にも注意が必要です。
  • ユーティリティ: 装置を動かすために必要な電源(電圧、容量)や圧縮空気(圧力、清浄度)の仕様を確認し、工場の供給能力を満たしているかチェックします。クリーンルーム内に設置する場合は、クリーン度クラスに対応した機種であるかも確認が必要です。

操作性とメンテナンス性

  • 操作性: 誰が操作するのかを想定し、その作業者が無理なく扱える操作性の装置を選びます。塗布パターンの設定(ティーチング)は簡単か、日常的な操作は直感的かなどを、可能であればデモ機で確認しましょう。
  • メンテナンス性: 液体材料を扱うディスペンサーは、日々の洗浄や消耗品の交換といったメンテナンスが不可欠です。部品の分解・洗浄はしやすいか、消耗品の交換は簡単か、といった点も選定の重要なポイントです。メンテナンスを怠ると、吐出不良や装置の故障に直結します。

【チェックリスト4】メーカーの「テスト・評価体制」を徹底活用する

カタログスペックだけでは、実際の生産条件下で本当に要求通りの性能が出るかは分かりません。導入後に「こんなはずではなかった」と後悔しないために、メーカーが提供する導入前テストを最大限に活用しましょう。

なぜ導入前テストが不可欠なのか?

導入前テストは、自社が実際に使用する「ワーク(塗布対象物)」と「液体材料」を持ち込み、購入を検討しているディスペンサーで塗布を試すことができる絶好の機会です。

  • 実性能の確認: カタログ上の最高速度や最高精度ではなく、自社の条件下でのリアルな性能(精度、タクトタイム、仕上がり)を確認できます。
  • 課題の洗い出し: テストを通じて、想定していなかった課題(例:特定の形状で液がうまく乗らない、材料の泡噛みが起きるなど)が事前に見つかることもあります。
  • メーカーの技術力評価: テスト時の対応や課題解決の提案内容から、そのメーカーの技術力やノウハウを判断する材料にもなります。

テストで確認すべき重要項目

メーカーのテストルームやラボで評価を行う際は、以下の点を重点的にチェックしましょう。

  • 塗布精度の再現性: 同じ設定で複数回塗布を行い、常に狙い通りの位置・量で塗布できるか。
  • 仕上がり品質: 塗布形状はきれいか、液ダレやカスレ、泡の混入はないか。
  • 実測タクトタイム: 目標とする生産性をクリアできるか、ストップウォッチなどで計測する。
  • 条件出しの難易度: 最適な塗布条件(圧力、時間、速度など)を見つけるのに、どれくらいの調整が必要か。

多くのメーカーは無償で塗布テストに応じてくれます。複数のメーカーでテストを行い、結果を比較検討することが、最適な機種選定への近道です。

【チェックリスト5】導入後の「サポート体制と保証」を見極める

ディスペンサーは導入して終わりではありません。長期間にわたって安定して稼働させ続けるためには、メーカーのサポート体制が極めて重要です。価格の安さだけで選ぶと、いざという時に適切なサポートが受けられず、生産ラインが長期間停止するリスクがあります。

トラブル対応とメンテナンス

  • 緊急時対応: 万が一の故障やトラブルの際に、どれくらいの速さで対応してくれるか(電話サポート、訪問修理など)を確認します。国内にサービス拠点があるかどうかも重要なポイントです。
  • 定期メンテナンス: メーカーによる定期的な点検や精度校正(キャリブレーション)のサービスがあるか。これを利用することで、突発的な故障を予防し、常に最高の状態で装置を維持できます。

消耗品・交換部品の供給体制

  • 供給の安定性: ノズルやシリンジ、パッキンといった消耗品や、摩耗しやすい部品が、必要な時にすぐ手に入るかを確認します。国内に在庫を持っているか、納期はどれくらいかかるかを事前に聞いておきましょう。
  • オペレータートレーニング: 導入時に、作業者向けの操作・メンテナンスに関するトレーニングを実施してくれるかも確認しましょう。適切な知識があれば、日々の運用がスムーズになり、軽微なトラブルは現場で解決できるようになります。

【基礎知識】ディスペンサーの代表的な種類と特徴

チェックリストと合わせて、ディスペンサーの基本的な種類を知っておくと、メーカーとの打ち合わせや機種選定がよりスムーズに進みます。ディスペンサーは主に「計量方式」と「吐出方式」によって分類されます。

計量方式による分類

液体をどのように計量するか、という原理の違いです。

時間・圧力制御方式(エアパルス式)

シリンジ(注射器のような容器)に入れた液体材料を、圧縮空気で一定時間押し出すことで吐出量を制御する方式です。

  • メリット: 構造がシンプルで安価。メンテナンスも比較的容易です。
  • デメリット: 液剤の粘度変化や残量の減少によって吐出量が変動しやすく、高精度な塗布には向きません。

容積計量方式(スクリュー式・プランジャー式など)

モーターでスクリューやピストンを動かし、機械的に一定の「容積」を送り出すことで計量する方式です。

  • メリット: 液剤の粘度変化の影響を受けにくく、非常に高い定量安定性を実現できます。 高精度な塗布が求められる場合に最適です。
  • デメリット: 構造が複雑で、エアパルス式に比べて高価になる傾向があります。

吐出方式による分類

液体をどのようにワーク(対象物)に塗布するか、という方法の違いです。

接触式ディスペンサー

ノズルの先端をワークに接触、または近接させて液体材料を塗布する方式です。

  • メリット: 線引きや充填など、様々な塗布パターンに対応しやすく、汎用性が高いです。
  • デメリット: 凹凸や段差のある複雑な形状のワークへの塗布は難しい場合があります。 また、Z軸の昇降が必要なため、タクトタイムが長くなる傾向があります。

非接触式(ジェット)ディスペンサー

ノズルをワークに接触させず、インクジェットプリンターのように液体を「飛ばして」塗布する方式です。

  • メリット: Z軸の昇降が不要なため、圧倒的に高速な塗布が可能です。 狭い隙間や段差のある箇所、熱に弱いデリケートな部品への塗布に適しています。
  • デメリット: 液体材料の粘度や特性によっては適用が難しい場合があります。 接触式に比べて高価です。

各方式の比較表

方式精度速度対応粘度価格主な用途
エアパルス式低~中手作業での簡単な塗布、高精度を求めない接着
容積計量式(接触)低~高高精度なシーリング、ポッティング、電子部品のアンダーフィル
ジェット式(非接触)低~中×電子基板へのはんだペースト塗布、微小部品の高速接着

よくある失敗事例から学ぶ、賢いディスペンサーの選び方

最後に、ディスペンサー導入で実際に起こりがちな失敗事例と、それを防ぐための対策を解説します。他社の失敗から学ぶことで、より確実な設備投資を行いましょう。

事例1:液剤の粘度変化で吐出量が安定しない

安価なエアパルス式ディスペンサーを導入したところ、季節による室温の変化で液剤の粘度が変わり、吐出量が安定せずに不良が多発。結局、作業者が毎日、吐出条件を調整する羽目になった。

  • 対策:
    • チェックリスト1に基づき、使用環境の温度変化を考慮する。
    • 粘度変化の影響を受けにくい「容積計量方式」のディスペンサーを選定する。
    • 液剤の温度を一定に保つ温調装置(ヒーターなど)の導入を検討する。

事例2:カタログスペックを信じたら、精度が出なかった

メーカーのカタログに記載された「最高精度±1%」というスペックを信じて導入したが、自社のワークと液剤では精度がばらつき、目標の±3%すら達成できなかった。

  • 対策:
    • チェックリスト4の重要性を認識し、必ず導入前に実機での塗布テストを行う。
    • カタログスペックはあくまで理想的な条件下での数値と捉え、自社の条件下での性能をメーカーに保証してもらう。
    • 複数のメーカーでテストを行い、最も安定した結果を出せる機種を選ぶ。

事例3:メンテナンスが煩雑で、生産ラインが頻繁に止まる

海外製の安価なディスペンサーを導入。しかし、部品の分解・洗浄に時間がかかる構造で、日々のメンテナンスが大きな負担に。さらに、消耗品が国内に在庫がなく、取り寄せるのに数週間かかり、その間ラインを止めざるを得なくなった。

  • 対策:
    • チェックリスト3に基づき、選定段階でメンテナンス性を実機で確認する。
    • チェックリスト5を徹底し、国内のサポート拠点や、消耗品の供給体制を必ず確認する。
    • 初期コストだけでなく、メンテナンスの手間や部品供給といったランニングコストまで含めたトータルコストで判断する。

まとめ:最適なディスペンサー導入で、生産性と品質を次のレベルへ

工業用ディスペンサーの導入は、製品の品質、生産性、コストを大きく左右する重要な経営判断です。本記事で紹介した「5つのチェックリスト」を活用することで、導入後の後悔や失敗のリスクを大幅に減らすことができます。

【失敗しないための5つのチェックリスト】

  1. 塗布する「液体材料」の特性を正確に把握する
  2. 「塗布精度」と「生産性」の要求レベルを明確にする
  3. 設置環境と運用方法を確認する
  4. メーカーの「テスト・評価体制」を徹底活用する
  5. 導入後の「サポート体制と保証」を見極める

これらの項目を一つひとつ丁寧に確認し、自社の課題や目的に最も合致した一台を選び抜くことが成功の鍵です。そして、信頼できるパートナーとなるメーカーを見つけ、二人三脚で導入プロジェクトを進めていくことが、最終的に貴社の競争力を高めることに繋がります。

この記事が、貴社の最適なディスペンサー導入の一助となれば幸いです。

最終更新日 2025年12月5日 by seifuu